2011年9月23日金曜日

クレープ/日本文化会館


昼はプライベートで友達と会う。
12時、St-Michel(サン・ミッシェル)のクレープリーでランチ。関西日仏学院で以前同じクラスだった友達で、今はソルボンヌの文化講座に通っているCさんと。


前菜(サラダ)+クレープ+飲み物(シードル)のランチセットで8.90ユーロ。学生街なので、レストランの値段もお手頃。
シードルが瓶で出て来ず、マグカップに入って出てきたのには違和感があったが、クレープはなかなか美味しかった。
フランスでクレープはサレ(塩味)とシュクレ(砂糖味)があり、食事として食べるのは、クレープ・サレ(塩味)の方。日本はクレープは甘いもの(デザート)というイメージだが、フランス人と食事でクレープを食べに行こうというと、イメージするのはクレープ・サレのことだ。
クレープ・サレは、小麦粉ではなく蕎麦粉で作ることが多いので、黒っぽい色をしている。中に入っているのは、チーズやハム、マッシュルームなどおかず系のもの。
今回私たちがランチで食べたのは、クレープ・サレなので、写真のクレープが黒っぽく焦げたように見えるが、これが普通。

友達との楽しいひとときを過ごした後は、またKと待ち合わせ。
今日は日本文化会館へ行って、今後のさぐりを入れてみようという。
エッフェル塔で待ち合わせなので、サン・ミッシェルからC線に乗る。
時間になってもなかなかKがやってこないので心配していると、途中で地図を落として失くした、と言って大幅に遅れてやっとくる。
エッフェル塔の下で、ストリート・ダンサーがパフォーマンスをやっていたので、立ち止まり、ショーをひと通り見てから行く。


日本文化会館は、エッフェル塔のすぐ近くにあり、想像以上に大きな建物だった。
建物の前にはパリの通り名を書いてある標札を似せて、「PLACE de KYOTO(京都広場)/15区」と書いてあった。東京ではなくなぜ京都なのかわからないが、もしかすると京都とパリが姉妹都市だからかな??


入口にはガードマンが立っていて、荷物検査をされるのには少し驚いた。
Kは、受付のカウンターで日本人だと思って話しかけた人に日本語が全く通じなかったので、Uターンして戻ってきて、私にバトンタッチ。展示担当のK原さんに会わせて欲しいと伝えると、電話をつないでくれて、K原さんは直接話すためにわざわざここまで降りて来てくれた。丁寧に対応してくれたが、展示会場は2年先まで予定が埋まっているということで、残念だが見込み無しのようだった。

頼まれていたおみやげのTシャツをさがしに、オペラまで行くことにする。
ファビアンヌが教えてくれた、ギャラリー・ラファイエットの1F売り場を見たり、すぐ横の路地を入ったあたりにもTシャツ屋があるというので行ってみたがわからず、ユニクロにも行ってみるが、結局なにも買わず。

オペラ近くのラーメン屋「北海道ラーメン」に行く。
私は味噌ラーメン(7ユーロ)、Kはチャンポン(8.5ユーロ)。店員は日本人ではなく、タイかベトナム系の人だったが、味は日本のラーメンのようだった。


テーブルに置いてあった七味唐辛子をよくみると、「NANAMI TOGARASHI」と書いてあったので、「『しちみ』じゃないの?もしかしてニセ物?」とつっこみたくなったが、どうやらS&Bは、海外向けには「NANAMI」として輸出しているらしい。


夕方、KはE.Jへ、私は帰宅。グザヴィエ、ファビアンヌは友人の誕生日パーティーへ。
フランソワから、明日の夕食招待の確認電話ある。

今晩の夕食は、Kが魚の残りでおかずを作ってくれる。
こっちの鱈は塩分が多いので、ふつうは牛乳につけて塩抜きするらしいが、Kにそれを教えると、牛乳につけたのはいいが、そのまま牛乳ごと煮込んで料理してしまう。まったく意味無し。
塩辛すぎたので、大量のキャベツを放り込みごまかそうとするが、ごまかしきれず。
私はキノコと玉ねぎとベーコンとニンニクでパスタを作る。こっちは美味しくできたが、今日は食べすぎでお腹がパンパン。

ヌーインさんに、帰国の時間知らせメール、リベラシオンには先日のお礼メール、バイトのAちゃんには荷物の伝票番号をきく。もう10日以上たつのに、まだ荷物が届いていない。

2011年9月22日木曜日

エマニュエル出版記念会/バスティーユのレストラン


パリの街のいたるところに、このような、ちょっとした悪戯アートがある。
ふだん見なれた看板や標識が、よく見るとクスッと笑えるものになっていたり、通常のデザインのものよりも目をひく効果になっていたりする。私はこういう、ささやかなアートに心がくすぐられる。

今日もメトロでエスパス・ジャポン(以下E.J.)へ。

最近、メトロのあちこちに、ユニークでインパクトのあるポスターが貼り出されている。
シリーズになっていて、メトロ内でのいろんなマナー違反行為を、頭は動物・首から下は人の恰好をしたキャラクターでクローズアップしたものだ。

改札を乗り越えるカエル人間。これはホントによく見る光景。

他に、チューインガムを吐き捨てる駱駝、車内で携帯電話に夢中になって話す鶏人間バージョンもある。
どれも、「ああ、これ、あるある!」というものばかりで、リアルな動物の頭がついているだけで、その行為を特徴づけ、強烈に印象づけているのが、アイデアとしてうまいなあ、と思わせる。

ストラスブール・サン=ドニを散歩している途中、芸術系の古本を多く置いている「モナ・リゼ」書店を見つけた。LEWIS MORLEYの写真集(6ユーロ)と、TACHENから出ている"PARIS MON AMOUR"(20ユーロ)を買う。

いったんグザヴィエの家に荷物を置きに帰ってから、去年カイの個展をやってくれたギャラリーに行く。
預けていた写真が大雨で冠水し、夏休み中だったためそのままで放置され、使い物にならなくなってしまったという連絡を、今回パリに着いてから受けていたのだが、保険の申請のこともあるので、その状態を確認しに行った。
印画紙はふやけてフニャフニャになり、くっついていたものを無理矢理はがされボロボロになったもの、まだくっついたままのもの、カビがはえているものなどなど、見るも無惨な姿になっていた。
覚悟をして行ったものの、やはり打撃は大きかった。
別の袋に入れて保管していたという四切の写真は無事だったのが何よりの救い。

いたたまれなくて、すぐにギャラリーを退散。

E.J.へ戻る途中、ピガールへ寄る。
今日の夕方、アランさんから、漫画家のNicolas de Crécy(ニコラ・ド・クレシー)の個展のオープニングに誘われていたが、夜はエマニュエルとの予定が入っているため、今、少しだけのぞいてみることにしたのだった。
ニコラさんが京都に住んでいた時に、カイの店に来たことがあったのだったかどうか忘れたが、たしかヴィラ九条山のレジデントだったと思う。名前だけは覚えていた。
ギャラリーに行くと準備中で、入ろうとするとスタッフに制止されそうになったが、「アラン・ラメットさんの紹介で……」と事情を説明すると、ニコラさん本人が出て来てくれて、快く中に入れてくれた。
1991年〜2011年のデッサン500点を展示するらしい。
準備の邪魔になるといけないので、長居はせずに、すぐに引き揚げる。
(La Galerie Bdartist(e), 9区)

E.J.に戻ると、HATAOさん、ギランさんが見に来てくれる。
写真を熱心に見たあとで話しかけてきた60代くらいの男性が写真の値段を尋ねてきたので、半切サイズで600ユーロだといって値段表を見せると、今6ユーロしか持ってない、とからかわれるが、あらそうですか、と穏やかに返す。

19時にSaint-Germain-des-Prés(サンジェルマン・デ・プレ)でエマニュエルと待ち合わせ。
行く前にクレープをかじる。
エマニュエルの最新本が出たので、その出版記念会だった。
エマニュエルは、この出版社のディレクター、マリー・ピエールさんにカイを紹介してくれる。彼女は"6MOIS"というルポルタージュ誌を年に2回発行していて、カイにこの"6MOIS"をおみやげにくれる。
この雑誌に載せる事ができたら素晴らしいことだ、チャレンジしてみたらいい、とエマニュエルがアドバイスしてくれる。
("6MOIS"のホームページ http://6mois.fr/?lang=fr

左がエマニュエル・ギベールの最新刊、右2冊がルポルタージュ誌"6MOIS"

平積みされていたエマニュエルの最新本の最後の1冊を手に入れる。
漫画とルポ写真がうまくコラボされた本。

本にサインをしてもらう。
左頁はエマニュエルのサイン。右頁上段はブックデザインをしたフレデリックさんのサイン、下段は写真を撮ったアランさんのサイン(好きな生写真を選ばせてくれた)。
つまりこれは3人で作った本ということで、3人のサイン会になっていた。
カウンター内、左に写っているのがアランさん、真ん中はエマニュエル、右はフレデリックさん。

本に出てくるジプシーの一団が歌と踊りをみせてくれる。
(彼女たちが所属するKesaj Tchaveのマイスペース→http://www.myspace.com/kesajtchave

右に写っている、ジョアンナと少し喋る。エマニュエルの本の最後の章に、彼女たちの家族のことが載っている。彼女自身は残念ながら出ていないが、彼女の母親は写真の中にも絵の中にも出ていて、いろいろ説明してくれる。

最後にはエマニュエルも一緒に踊り出した。

帰りのメトロで、仮装した若者を見る。同じ車両に乗り合わせたので、カイが面白がってカメラを向けると、おどけてポーズをとってくれた。

バックパッカーが犬を連れて乗ってきた。パリのメトロはいろんな人がいて、飽きない。

バスティーユ広場で、今年もワインのブドウ積みの手伝いにきたHATAOさんと待ち合わせ。

"tintilou"という、HATAOさんの友人のレストランに連れていってくれる。
(レストランのホームページ→www.tintilou.fr
HATAOさんはこの店を改装したとき、内装工事を手伝ってペンキ塗りまでした仲だという。オーナーでシェフのジャン・フランソワさんがHATAOさんを大歓迎。HATAOの友人なら、といってカイも歓迎してくれる。おまかせで美味しい料理も出してくれる。HATAOさんいわく、彼の料理は独創的でちょっと風変わりなフランス料理だけど、超一級!だそうだ。食べてみて納得。

まずはフォアグラとシャンパン。
オレンジ風味のソースとよく冷えたフォアグラがとても合う。ふだん私はフォア(肝)は苦手で食べないのだが、これはとても美味しかったので、HATAOさんの分まで分けてもらった。

メインの魚。メニューをみて注文したものではないので、よく覚えていないが、サーモンのような魚に、オリーブと細かい肉と、黒い米のリゾット(イカスミで炊いたのかな?)をつけあわせたもの。魚と肉を同時に出すなんて、ふつうしないが、うまい具合にお互いの味を邪魔しないように作ってあるのに感心。

2本目は、赤ワイン"La Charlotte"のシラー。

ワインに合わせてチーズもいただく。

デザートはチョコレート・ケーキ。

3本目も赤ワイン。ニーム(フランス南部)近郊の"Mas Neuf"というワイン。

お店の前で、HATAOさん、ジャン・フランソワさん、カイ。

料理のお礼に、カイは写真を1枚プレゼントする。
店内に飾ってくれるとうれしい。

歩いて帰れる距離だったので、歩いていると、前に行った「パリの八文字屋」の店先に看板ネコが見えた。客は入っていないようだ。80才のおばあちゃん店主は元気だろうかと少し気になったが、ネコが相変わらずなので、おばあちゃんも相変わらずだろう、と勝手に想像して、そっと前を通り過ぎた。

2011年9月21日水曜日

エージェント/ヴェロニクさん宅ホームパーティー

いつも9時前くらいにトーフがお腹の上にのってきて、ニャーと鳴く。
今朝はなかなか起きられず。10時45分起床。

フランスではカイに携帯を持たせているが、彼は自分で電話をかけることができないので、私が代わりにダイヤルする。その時、いちいち彼はノートを取り出して友人の番号をさがすのだが、いつもどこにメモしたのか忘れてなかなか見つからない。どうせ私がかけるのだから、よくかける人の番号を携帯に登録しておくことにする。

食事中、現在ギャラリー・グランエターナで展覧会をしている華道の小山幸容さんと一緒にいたギャラリストの田中さんから、カイにtelあり。近々パリでやる写真フェスティバルに出品する人を探しているというエージェントの人を紹介するという。カイは面倒くさがって私に電話を代わり、田中さんは、その彼女が横にいるから電話を代わるというので、その人と直接話をして、今日の午後14時に、エスパス・ジャポンで会う約束をする。

13時前に、カイは先にエスパス・ジャポンへ向う。
私は少し家で仕事&アランさんなどにお礼メールを送り、13時半に家を出る。
エスパス・ジャポン、今日は子ども連れの人が多い。子ども向けの教室かなにかがあるらしい。
14時少しすぎ、背の高い、若くてキレイな女性が来る。電話で話したエージェントのクロチルドさん。カイの写真を一通り見て、気に入った様子。10月にパリでアジアのアーチスト(写真)を集めて、バスティーユの近くの会場で展覧会をやる。参加する気はないですか、という。作家はお金を払う必要はなく、作品を売るための展示だそう。ひかえめでおとなしい雰囲気の人だが感じはいい。よかったらメールください、という。

3時頃、近くにある中華のお惣菜をテイクアウトしてエスパス・ジャポンでランチ。
カイと一緒に、ちょっと1時間ほど出てきます、とスタッフにあいさつして近辺を撮影に行く。

2007年から始まったパリのレンタサイクルVelib(ヴェリブ)がだいぶ普及されてきたので、パリの街中は自転車が多くなっている。歩道の横にも一方通行の自転車専用道が作られていて、けっこうすごいスピードで走ってくるので、歩くときは自転車道にできるだけ入らないように気をつけて歩かなければならない。日本だと、自転車用の道があっても、歩行者は平気でその中を歩いているし、自転車も、歩道を平気で走っているが、パリでそんなことをするとかなり危険。

自転車用横断歩道はこんなマーク。

東駅へ行き、エクサン・プロヴァンス行TGVの切符をプリントアウトする。私はそのままメトロで帰る。

メトロの中の広告。

家で仕事。
カイは6時半帰宅。グザヴィエはネットで日本の台風ニュースを見て、心配そうにしている。
ニュースを見ながら、私はグザヴィエとフランス語で話していると、いつもカイは私が通訳するまで黙っているだけなのだが、ときどき私は「カイさんもたまには、何語でもいいから、直接しゃべった方がいいんじゃない?」というと、今日は「フランス語を覚えた」といって、グザヴィエに「サチコ チュ コネ」と口を開いた。グザヴィエは突然のことで、ポカンとしていた。
私もいまいち彼が何をいいたかったのかは分からないが、たぶん(Sachiko tu connais.=英語なら、Sachiko you know.)といったのだろうが、もしかしたら本人も何をいったのかよく分かっていなかったのかもしれない。とにかく、フランス語を話そうと努力していることはよく分かった。
フランスでは、友人たちとは、やっぱりフランス語で話せた方がいいということを痛感しているようで、カイは最近しきりに「片言でもいいから、フランス語を勉強せなあかんな」と言うようになった。

20時、ワインを3本買って(ヴェロニクさんにプレゼント用と、グザヴィエ宅用)、ヴェロニクさんのホームパーティーに行く。アランさん、ナディア、大使館のシルヴィー、バンタン、日本人は私たち以外にも女性3人男性1人いて、ダンサーのユカさんやRyotaroと今度京都で一緒にライブをするという女性、書道家の女性、長年パリ在住の武道家のマサトさんという男性もきていた。
パーティーでは、日本人女性陣が、ギョーザ、カレー、蒟蒻の煮付、南蛮漬け風のうどんなどを用意してくれる。食後のデザートはアイスクリーム、アップルパイ、ブドウなど。どれも美味しく、お腹いっぱい食べる。

準備中の台所。テーブルの右隅(写真右下)においてあったハリネズミの置物(背中が本物の苔玉になっている)が、とてもかわいかった。

帰りはグザヴィエ、ファビアンヌと一緒に歩いて帰る。

途中にあった建物。窓のかわりに扉がついている。

「わあ、きれいなところ!」と思わず立ち止まると、この坂道は、映画のロケでもよく使われる場所だ、と教えてくれる。ギャズニエ=ギイ通り。(Place Martin Nadaud, Rue Gasnier-Guy)

2011年9月20日火曜日

Libération(リベラシオン)社訪問

曇。
朝のメールチェック。
ディックさん、ヌーインさんよりメールあり。
京都に着いたらカイの家に泊る事になっているヌーインさんから、家に着いたと報告メール。部屋の中でラシムにお姫様だっこをされた写真付き。
T社のKさん、猫写真集の表紙裏に入れる猫MAPデータ送ってくる。表紙のデザイン、文字はもっと目立つほうがいいとのことなので、考え直し。

カイは先にエスパス・ジャポンへ向い、本とプロフィールのコピーをとりに行く。

14時、グザヴィエとリベラシオン社へ向う。カイとは近くの本屋で合流。
ニコラさんという女性が応対してくれて、社内を案内してくれる。
普段、一般には中を見せないらしく、毎日リベラシオン紙を購読しているグザヴィエは少し興奮気味。
中での撮影は、人を撮る時だけ声をかけてOKをとってからにしてほしいといわれる。政治的な問題を扱う記者が多いので顔を知られるとまずいこともあるのだそうだ。

インベーダーが描かれたリベラシオン社の屋上テラス。この絵を描いたアーチストは世界中の壁にインベーダーの絵を描いている「INVADER」という名前のアーチスト。

資料置き場。

リベラシオン紙のゲラ刷り。電車の車両のように並べられている。

過去のリベラシオン紙がここに全て保管されている。

リベラシオンの写真記者の重装備。


カイがニコラさんに写真集をプレゼントすると、お礼にLibé特製スケジュール帳と、毎回Libé紙の最後のページに連載されるポートレイト記事(1994-2004)をまとめた本をくれる。

カイと私はいったん、エスパス・ジャポンへ戻り、そのあとマレ地区で森山大道の写真展をやっているというギャラリー「Polka」を訪ねるが、2日前に終わったばかりだと言われる。残念そうにしていると、ギャラリーの人が、ファイルでよければ、といって大道の作品ファイルを見せてくれた。

マレ地区の本屋の棚。本屋に行くと必ず写真集コーナーの日本人の名前をチェックする。ここには篠山紀信「パリ」、細江英公「薔薇刑」、荒木経惟、森山大道の写真集がある。

近くの建物の門の中にルイ14世像を発見。

結局、目的は果たせずメトロで帰る。

メトロにて。

今晩、夕食に招待してくれたマダム・ブルベスから電話がないので、グザヴィエに代りに電話してもらい、今日はとても疲れているのでディナーはキャンセルしてもらう。

グザヴィエが、6月のインベーダー版リベラシオン紙を見せてくれる。リベラシオン社の屋上にペイントをした記念に、この日の新聞はインベーダー氏がデザインに関わり、文字がところどころインベーダーの模様になっている。ネットでこのアーチストの映像をいろいろ見せてもらうが、とても面白い。
パリの街角でもときどき彼の作品を見かけるが、もちろんパリでも落書きは犯罪の内なので、このアーチストはいつも顔を見せないようにしているのだとか。(http://www.space-invaders.com/som.html

夕食はカイが作ってくれる。鶏と野菜のスープ、タイ米を炊いたごはん。
ファビエンヌは9時頃帰宅。グザヴィエと彼女は10月初めに日本に旅行にいくが、その前に終わらせる仕事が多くて毎日遅くまで働いている。

トーフ。本棚にはグザヴィエの友人アニエス・ジアールの本"Dictionnaire de l'amour et du plaisir au Japon(日本における愛と快楽の辞典)」などが見える。

2011年9月19日月曜日

モンマルトル散策/モンパルナスのバー

朝6時半頃、トーフがお腹の上にのってきて目が覚める。

淡交社に猫本表紙カバー案送る。裏はまだ。
歩いてベルヴィルへ。
ベルヴィルの鞄屋。スーツケースが10ユーロや20ユーロで売られている。あまりに安すぎるので不安。

ベルヴィルのいつも行くベトナム料理店"Dong Huong"でお昼。

メトロでAnvers(アンヴェール)まで。ファヴィエンヌに教えてもらったモンマルトルの布屋を目指す。

途中の店先。店の名前がSYMPA(「感じのいい」「いかした」という意味)というのがおかしい。写真右側のワゴンの山には下着が入っていたので、ふざけてブラジャーを服の上からあててみたりする。

モンマルトルの布屋"Tissus Reine"。ファッション関係の人も買いつけにきているようす。店内をウロウロして見ているだけでも楽しい。

小さなマネキンに着せてあるミニチュアのサンプルもかわいい。

もう一軒、道を挟んで向い側にも大きな布屋"Marché St-Pierre"がある。ここもすごくいい感じ。中に入ろうとすると、日本人の奥さんらしい人と一緒に通りがかったインド系の男性が、この店を指さして「ここはイイ店!」と日本語で言って去って行った。

3軒の布屋をまわり、1メートル4ユーロのテーブルクロスや、3メートル10ユーロ、3メートル30ユーロの端切れなどを買う。

モンマルトルの布屋近辺の壁画。近くに寄ってみると猿の毛の部分は毛皮がはってあり、リアルな質感。

せっかくモンマルトルにきたので、サクレ・クールまで登って周辺を散歩しながら帰ることにする。

サクレ・クール寺院。階段の下で、カラフルな糸を売りつけにくる黒人にからまれそうになるが、相手せず。

モンマルトルには観光客が多いので、パフォーマーがたくさんいる。


サクレ・クール寺院裏では、絵を売る露店がずらりと並ぶ。似顔絵描きも多い。


地図は見ずにおもしろそうな道を選んで歩いて行く。
道路標識のいたずら描き。この地区にあると、もともとこういう標識なのかと思ってしまう。

アトリエのような建物。

洗濯船(Le Bateau-Lavoir)という名前のアパート跡前の広場。ここは、パリに出て来たばかりの頃のピカソやモディリアーニなど、多くのアーティストたちが住んでいたことで有名な場所。今もアトリエとして使われているらしい。

時計屋?

適当に歩いていると、自由劇場の俳優、演出家Andre Antoine(アンドレ・アントワーヌ)の名が刻まれている建物を偶然見つける。

アンドレ・アントワーヌ通から少し歩くと、細い道の角に娼婦のような女の人が立っていた。はじめは気がつかず写真を撮っていると、スッと道の影に隠れたので、あれ、と思う。

メトロPigalle(ピガール)まで戻り、一旦家に帰り、30分ソファにひっくり返って休憩。

19時半、モンパルナスでラメットさんと待ち合わせ。
メトロVavin(ヴァヴァン)のすぐ近くにある老舗カフェLe Sélect(セレクト)に連れていってくれる。
この店には太った猫がいるらしい。カイは猫を探しに地下の方まで行くが、私はカウンターで待っていた。白ワインを1杯飲む。

藤田嗣治が住んでいたアパートの前を通って、次もまた有名なバーRosebud(バラのつぼみ)に連れていってもらう。モディリアーニも通っていたらしい。ここでも赤ワインを1杯。
今回パリに来る直前、映画「市民ケーン」を久し振りに観なおしたばかりだったので「バラのつぼみ」ときいてピンとくる。

マン・レイのアトリエ跡を通って、ラメットさんのアパート下のレストランで、軽く食べながら飲む。
店主はチュニジアの人。鴨とフォアグラのパテが美味。

ラメットさんは、今は小学校の先生をしているらしいが、本当は文化に関わる仕事がしたいという。Cité des Artsという、パリのアーチスト・イン・レジデンスの情報などを教えてくれる。
帰国前にも、時間があればぜひまた飲もう、と言ってくれる。