2010年3月8日月曜日

甲斐インタビュー・ムーヴィー

5月のパリ展に持って行く予定の、甲斐ドキュメンタリー映像。
まだ途中ですが、You Tubeで見れるようにしています。
ご笑覧ください。

「写真家 甲斐扶佐義」part1
http://www.youtube.com/watch?v=Qjc6NgNAA6c

「写真家 甲斐扶佐義」part2
http://www.youtube.com/watch?v=ozTZo3DhDos

「写真家 甲斐扶佐義」part3
http://www.youtube.com/watch?v=Ou811CNGpMQ

撮影・編集:桐田知樹
インタビュー:浜田佐智子
音楽(アコーディオン):ryotaro

2010年3月7日日曜日

暗室、そしてシンポジウム


昨日は夕方4:30から暗室入り。
パリ用(バライタ/四切)と東京用(RC/半切)をプリント。
いつもはキャビネを100枚くらい、とにかくすばやく多く焼くのだが、今回は久々に、じっくり作品を作るという姿勢でできた。量は多くないが、まあまあの仕上がり。
軽く乾かして、バライタをプレスして、明け方5時頃就寝。

今日は午前中に起きて、1時からの、京都文教大学人間学研究所公開シンポジウム「老人よ大志を抱け」をききに行く。基調講演は編集者・写真家の都築響一さん。
20年間家に閉じこもり、いろんな雑誌に女体のスクラップをしている老人、女装をして陶芸の先生として老人施設や障害者施設などに教えに行っている老人、定年退職していきなり縄文人の生活を始めるといって退職金を全部つぎこんで縄文生活を始めた老人、精神病院のベッドの上で作品を作り続ける老人、新聞から気に入った言葉だけをスクラップして日用品に貼付けて作品にしている文房具屋店主etc...都築さんが取材した、自分の好きなことに没頭して一風変わったモノ作りをしている老人たちの、スライドを交えながらの紹介と、その人たちを通して、人がどのように生きることが幸せなのかを考えさせられるような内容だった。
基調講演の後、チンドン屋の林幸治郎さんや臨床心理学の濱野清志さん、司会の鵜飼正樹さんらを交えたディスカッションがあり、とてもおもしろい話がきけた。
甲斐さんや私がやっていることももしかすると似たようなものかもしれない。
でも、それでもいいんだ。周りの人に惑わされず、信念をもって自分のやりたいことを思い切りやればいいんだ。と励まされたような気がする。

2010年3月6日土曜日

息抜き


先週、大阪の北加賀屋でこんな光景を見つけた。
信州好きの大家さん?しかも全部入居者募集中。
クリエイティブセンター周辺、変なカンジで面白い。

2010年3月4日木曜日

企画書届く

やっと、パリのギャラリーから企画書が届いた。これでようやく他の国での展覧会を用意するためスタンバイしてくれている人たちが動けるようになる。府・市への後援も頼みに行くことができる。
西川さんがこの企画書でS財団への助成金の申請もしてくれたみたいで一安心。
やっとひとつ、動いた。次は何をすべきか。

ポスターはまだ考えるつもり。まだ納得できてない。写真だけでも十分インパクトはあるし、文字をもっと、写真のジャマにならぬようシンプルなフォントにすべきか。曜日はなくすかもっと小さく表示して、日付がひと目で分かるように etc... まだまだ反省点はいっぱいある。
印刷物は他に、ポストカード、DMも数種類作るとか言ってたような。甲斐個人の名刺も作りたいし、本を売る際、売れた本を入れる紙袋を作る構想もある。

インタビューの本、進行がだいぶ遅れている。ムーヴィー編集の方は任せているが、どうなっているか未確認。

来月、新宿のコニカミノルタでも展覧会をするので、そっちにも力を入れないと。

プリントには、集中力と体力がいる。土曜日のプリントの為、今から集中力を高めることと、体力を温存しておく必要あり。


2010年3月3日水曜日

ポスター作り・2

ポスター案2つに絞り、また少しだけ修正。結局色は変えなかった。
日付も変更。とりあえず、これをまた甲斐さんにみてもらおう。
西川さんからのメールはポスターに関するコメントはなく、オエライさんへのアピールばかり。もちろんそれも大切だけど、ひと言くらい意見がほしい。



今日はこのあと、ほんやら洞でクレモンスと会う約束。彼女にもポスターの意見をきこう。

ポスター作り


2010年3月2日(火)
学校の仕事が終わり帰宅してから、昨日の続きでパリ展のポスター案、4パターン考える。
夕方は、ジェロームとほんやら洞でエシャンジェ。ついでにポスターのフランス語でおかしいところはないかチェックしてもらう(17:20〜18:00)。
カイさん宛メールをカイさんに渡し、ボン大学のYさんにドイツでの展覧会の企画を手伝ってもらうため写真集を送ると言っていながらまだ送っていなかったので、「2〜3日内に送ります。もう少し待って下さい」とお詫びのメールを書いてもらう。
その他、企画書のことやら東京の出版パーティーのことやらで、数件打ち合わせ。東京パーティーには、BIGな人物が数人来るらしい。さすが東京。ミーハーなのでちょっとわくわくしてしまう。
カイさんが初めてマロニエで個展をしたときのDMを見せてもらう。
デザインは濱崎さん。のびのびと自由なレイアウトで、おもしろい。私にはそういう冒険心というか、遊び心が足りないので、こういうデザインができる人がうらやましい。もっと殻を崩していくことが、自分には必要。(でもなかなか、それができない)

明日は学校の仕事は休み。いつもなら八文字屋に寄るのだが、今日は早めに帰宅してポスター案の修正(21:00頃)。
納得するものができず、何かダサイ。煮詰まってしまっている。
とりあえず途中だけど、パリのギャラリーの西川さん、アランさん、クロードに感想・アドバイスをもらうため4案ともメールで送る(0:30頃)。
自分宛のメールチェック&返信。
しばらくして、「メールを見た」という西川さんから、カイさんにtelが入り、カイさんのパリ展5/1〜5/31の予定だったのが、5/6〜6/19に変更になったと言われる(1:00頃)。
明日は色を変えて作ってみよう。

一日一日、能率良く動かなければ間に合わない。

2010年3月1日月曜日

ビュット・ショーモン公園


2年前、私のフランス最後の日は、パリのビュット・ショーモン公園にいた。
泊めてもらっていた友人の家が、この公園のすぐ隣だったからだ。空港へ行くまでの時間をつぶすため、ひとりでこの公園をぶらぶら散歩していると、高台の上で結婚式の写真撮影をやっていた。
幸せそうな2人を微笑ましく見ていると、携帯が鳴った。1ヶ月前、モンペリエの近くのネビアンという小さな村に泊めてもらった時の友人からだった。「今日、フランスを発つと聞いて…。来てくれてありがとう。本当に楽しかったよ。元気で!」という暖かい言葉だった。
帰ろうとして高台から降りて行くと、聾唖の男の子が近づいてきて、寄付をしてくれと手話でせがんできた。
私はもう、数時間後には日本に発つので、現金はほとんど持っていなかった。
何度断って逃げようとしても、しつこく男の子はついてきた。
たぶん、日本人はお金を持っていると思われているのだろう。
私は小銭入れを出して、「ほら、これだけしか持ってないから」と数十サンチーム(*)ほどの小銭を見せた。〈*フランスではセントをサンチームという。(100サンチーム=1ユーロ)〉
男の子は、「そんだけ?ちぇ。しょうがない。それでもいいから、くれ」というような、先程まで弱々しい少年のようだったのが、急に態度を変えてきた。
私はひっこみがつかなくなり、その小銭を全部あげてしまった。
一応、空港までの電車賃くらいは他の財布に入れて持っていたから助かったが、最後の最後に、もやもやした気分が残った。

それでも、公園の中の柳のような木は風に揺れて、葉がキラキラ光ってまぶしかった。
このちょっと苦い気持ちや、このキラキラした光や風の匂いを、いつまでも覚えていたい。
その時なぜか、またいつかこの街へ戻ってくるという確信みたいなものが、あった。

2年後の今、また2ヶ月後にパリに行くことになった。
今度はどんな出来事が待っているのだろう?