2010年5月7日金曜日

本屋まわり

今日は、昼までゆっくり眠る。
お昼に、グザビエが家族のようにつきあっているというアルジェリア人のレストランに行き、美味しいクスクスを食べる。カウンターでは常連客がサイコロのゲームをしており、グザビエが私たちを紹介すると、ゲームの説明をしてくれたり、実際、やってみせてくれたりして、楽しいひとときを過ごす。




食べた後、St-Germain des-Prés(サン・ジェルマン・デ・プレ)の近くのカフェでナディアさんと待ち合わせ、甲斐の本を置いてくれるという本屋に行き、交渉。その場で即、商談成立。本を現金で買い取るといわれ、喜ぶ。


散歩がてら、セーヌ沿いに歩いてPont Neuf(ポン・ヌフ)を渡る。




Châtelet(シャトレ)まで行く途中に、きれいな公園があり、そこにはマロニエの花が咲いていた。



メトロでRépublique(レピュブリック)まで。グザビエの友人の本屋に行き、甲斐の写真集を置いてもらえるように交渉する。ここでは、エマニュエル・ギベールやフィリップ・アダンなどと、6月再び訪れるということで話は終わる。置いてもらえる可能性はありそう。

2010年5月6日木曜日

パリ展準備/オープニング

5/4、ギャラリーで展覧会準備。
出発前日ギャラリー側が、急に額を探すのをやめて、パネル貼りでいこうと言ってきた。あまり気乗りはしなかったが、額がないというなら仕方ない。こちらで用意する訳にはいかないので。甲斐は「それならピンで直貼りでいい」と言ったが、ギャラリー側は「ピンではちょっと...」というので、絶対に印画紙にテープが残らないようにきれいにはがせるのならOKと承諾した。
午後、発泡ウレタンパッドパネル貼りを提案したFさんと一緒に画材を買い出しにいく。Fさんが案内した画材屋はすでになくなっており、2軒目に行った画材屋も閉まっていた。3軒目には用心して、行く前に電話をかけてから行く。ギャラリーの西川さんからは、その人に全部まかせておけばいい、という話だったのだが、画材を買うと、Fさんはさっさと帰ってしまった。
あまり気乗りしないまま、作業を始める。途中からアラン・ラメットさん、グザビエ、ファビアンヌが手伝いに来てくれる。
12時すぎ、メトロでグザビエ宅に帰宅。



5/5
1時半頃ギャラリーに行き、作業の続き。昨日に引き続き、アランさんが手伝ってくれる。
とにかく初日までに時間がないので、言われた通りに作業を黙々とやっていたが、パネルが全部(60枚)貼れたところで、そのパネルをボードに貼れ、と言われていたので試しにボードにあてがってみると、ものすごく陳腐なことに気づく。これでは売れない!と一瞬にして悟り、急遽、ボードに貼るのをやめにする。ギャラリーの西川さんにそう説明し、説得している内に、Yさんが「今から額のサンプルを数枚持っていく」と電話をくれ、額を持って来てくれたので、すがるような思いでYさんに頼ることにして、次の日のオープニングまでには間に合うように借りられるだけの額を借りることにする。
額にいれない部分の展示作業が終わったのは、午前3時。西川さんは、午前2時頃(日本は午前9時頃)から、いろんなところから祝辞をいただくため日本に電話攻撃。
帰りは西川さんの車で送ってもらって、午前4時すぎ帰宅。

5/6
展示作業の続き。Yさんの友人のアランさんが、額を14枚もってきてくれる。後からYさんも4枚。それで何とか表から見える1階部分はなんとか見られるようになる。
結局、展示準備が終わったのは、Vernissage(オープニング・パーティー)が始まる5分前。本当にギリギリ。
オープニング・パーティーは盛大、盛況に無事終了。
多くの方に来ていただく。



2010年5月5日水曜日

パリに到着

5/3の夜8時頃、パリに着く。
今日は、これからすぐギャラリーで搬入作業。
明日はギャラリーのVernissage(オープニング・パーティ)。
詳しくは、また時間ができたら書きます。

2010年4月30日金曜日

挨拶まわり

一昨日と昨日の夜は、2日続けて暗室。ようやくフランス用に持っていくプリントが仕上る。
これで、やっと自分の荷物の準備ができる。

午後からは、甲斐と一緒にギャラリーSHINYA、JSB(パリのギャラリーを経営している会社)、丸保、玉屋珈琲に挨拶まわり。ポスター、紙袋、DMを持っていく。

昨日、京都新聞の後援許可が出たので、パリの西川さんにメールで送る。

27日の京都新聞文化欄に写真入りでパリ展の記事が出る。「5月3日から6月19日」と書かれているが、「5月6日から」の間違い。

明日からほんやら洞は、5月のあいだ店を開けてくれる伊藤さんが入ってくれる予定。甲斐の留守中、スリランカの写真家の展覧会、ライブ、出版記念パーティーなどのイベントも企画してくれる。

4月27日(火)、八文字屋でMilkymee、ryotaro、Ben(?)のライブがあった。お客さんはヴィラ九条山のレジデントたち、アメリカ人など外国人ばかりで、まるで日本じゃないみたい。


2010年4月25日日曜日

Milkymeeライブ@ヴィラ九条山


ヴィラ九条山のイベントに甲斐と一緒に行く。
アコーディオンのryotaroさんがMilkymeeとライブをするときいたので、それをききに行ったのに、手違いがあったのか、ryotaroさんは演奏せず、残念。
Milkymeeのライブは初めて見たけど、よかった。彼女の2人のお兄さんにも後でryotaroさんから紹介される。彼らもミュージシャンらしい。音楽一家。
明後日(4/27)八文字屋で彼女とryotaroのライブがあるので楽しみだ。


ライブの後、キャロル(映像作家)とピエール(イラストレーター/ヴィラのレジデント)の部屋に招待される。
昨日から日本に来ているキャロルの母ポリンヌ・ボダンさんにもお会いする。キャロルが撮った写真のアルバムや、ピエールの最新のイラストを見せてもらいながら楽しい時間を過ごす。
ピエールからは、好きな絵を一枚プレゼントする、と言われ、甲斐も私も一枚ずつ気に入った絵を選び、サインしてもらう。甲斐は自分の顔に似ているから、と言い、男性の顔のスケッチを選び、私は、結んであるおみくじを見ている女の子の後ろ姿のスケッチを選んだ。
今朝、ピエールのお姉さんが赤ちゃんを産んだという話をしていると、ピエールの友人から、今日子どもが生まれたとメールが入り、みんなびっくりする。

2010年4月23日金曜日

京都府の後援許可出る

京都府から甲斐パリ展の後援許可が出る。
あと、京都新聞の後援ももらえそう。

NHKハイビジョン番組の話が動き始めた。

昨日の暗室。大四切(11×14in)のプリントする。
いつもより遅く(pm.11時頃)開始。am.1時半頃、いつもより早く甲斐が帰宅したので作業が中断してしまう。今後のことについてetc.いろんな話をしているうちに、3時半すぎる。慌ててプリントを再開。5時すぎ、空が少し明るくなり始めたくらいにプリント終える。水洗を終え、乾燥させ、片付けを終えて布団に入ったのは7時頃。

甲斐インタビューの編集は、やっと最終段階。最後のチェックをしてもらう。これを返してもらったら、シルヴァンさんに仏訳をお願いする。私たちが出発するまでに翻訳が間に合わなくても、向こうで編集作業をして印刷できればいいと思っている。

パリに着いた日から始めの一週間泊めてもらう予定のグザヴィエから、宿泊OKのメールをもらい、ひとまず安心。その後の宿は、まだ決まっていない。

昨日ギャラリーで、エマニュエル、アランさん、西川さん、展示についての打ち合わせをしたらしい。どんなことを話し合ったのか、内容はまだ教えてもらっていない。

2010年4月19日月曜日

甲斐さん誕生日


4/18は甲斐さん61歳の誕生日。
私からはケーキとワインをプレゼント。
全然人が集まらなかったので、本人はちょっとガッカリしているかも。本人は、紙袋を売って旅費の足しにしようと思っていたみたいだけど、お客さんたちに避けられたのかな?
杉本秀太郎さんと恩田陸さんが花見の帰りに来店してくれたので、少しは元気になったけど。。。
私は終電で帰ったから、その後のことは分からない。

パリ行きの件、以前は私の分の旅費も全部出す、と言ってくれていたけど、この分じゃ、仕事で行くにしても、自腹になりそう。
まあ、いつものことだからはじめから期待はしていなかったけど、やっぱり、というか。いつまでたっても変わらない。
お金を工面するのは相当大変そうなので、無理は言わないようにしているが。
だから何としても、パリでの展覧会は成功させたいと思っている。