2010年6月15日火曜日

バスティーユで展覧会(La Commune)

午後からグザヴィエの家でPC作業。
メールで今日のオープニング、明日のブック・フェア、20日のクリストフの店のイベントの案内を送る。
コリーヌさんから電話があり、彼女の友人が写真を買いたいと言っているらしい。


16時、バスティーユの近くのLa Commune(ラ・コミューン)で搬入(18:00〜オープニング)。
展示は、壁に紐を張り、そこにクリップで印画紙を吊るすというやり方で、17点展示する。
ギャラリー・グランエターナのエリックが手伝いにきてくれたので、1時間で終わる。
ちょうど準備が終わったところへ、サンケイの山口昌子さんが一番に見に来てくれる。今日の昼すぎ、メールで案内を送ったばかりなのに、早速きてくれたことに感激する。山口さんは「ドゴールのいるフランス---危機の時代のリーダーの条件」(河出書房新社)の著者。「フランスにきてドゴールのことを知らなかったら恥ずかしいわよ」と言われたので、ぜひ読んでみようと思う。
オープニングには、グザヴィエ、呂さん、呂さんの友人の俊子さん、ハネル・ルカスさんの友人のアントワーヌ&カミーユもきてくれる。
たまたま入ってきたお客さんも、甲斐の写真を興味深く見てくれる。
猪の写真は、みんなびっくりしていた。

このお店のメニューはこうやって毎日手書きしているらしい。


今日は、甲斐の展覧会のオープニングの日でもあり、台所を一日貸して、料理をしたい人がお客さんに料理を作るという日でもあり、ジャズ・ライブがある日でもあったので、たくさんの人が集まった。

今日の料理人はマオリさん。日本人女性。マオリさんの手伝いで、2人の日本人女性も一緒に料理をしていた。
今日のメニューは、前菜が豆腐のサラダ、メインが鶏肉のソテー、デザートがチョコレートだった。たまたま今日は日本人の料理人だったらしく、甲斐さんの写真にもマッチしていて好都合。

外のテーブルもいっぱい

8時くらいから、ジャズのライブも始まった。
このライブも、有志らしい。素人だけど、なかなかよい。


ライブも盛り上がり、まだまだこれから、という雰囲気だったが、疲れたので、10時頃店を出る。
店を出るとちょうど空が暗くなってきたところ。
とてもきれいな色をしていたので思わずシャッターをきる。

バスティーユの夕焼け。
中央奥に小さく見える塔の辺りがバスティーユ広場。


家に帰ると、ヴェロニクさんの彼がきていて紹介される。

2010年6月14日月曜日

Bioの店/本屋のショーウィンドー

午前中、ヴェロニクさんが、もし興味があるのなら…といって教えてくれた、家の近くのBio(自然食やオーガニック系のものを売っている)のお店に行く。
この家へ来て、初めての買い出し。
朝食用にフルーツジュースやパン、バターを買う。毎朝、目覚ましに必ずお茶を飲むので、セイロンティーのティーバッグも買う。
スーパーへ行くと、日本ではみかけない食材が置いてあるのが楽しい。Bioの専門店に入ったのは初めてなので、なおさら物珍しく、置いてある商品をチェックしながらゆっくり買物。
私は特別Bioにこだわりをもっているわけではないが、できるだけ身体にいいものを摂りたいという思いはある。最近、フランスではBio製品が流行っているらしく、パン屋でもBioマークをつけて天然酵母のパンを売りにしているところ、スーパーの商品でもBioマークのものをよく見かける。

午後、グザヴィエの家でPC作業。
3時にRépublique(レピュブリック)の本屋"L'Arbre à Lettres"(ラーブル・ア・レトル/3区)に行く予定だったので、そろそろ出かけようか、というところで雷が鳴り出し大雨が降ってきたため、しばらく待たされる。
この本屋の店長はグザヴィエの友だちで、16日に「甲斐とフランス人作家の仲間たち」というテーマでサイン会&本の即売会というイベントを開いてくれることになった。
先週から、このブック・フェアのために、店のショーウィンドーには甲斐の写真集や写真をディスプレイしてくれているというので、見に行く。ついでにそのとき置いてもらう写真集を段ボールにつめ、グザヴィエが台車に乗せて運んでくれる。



ショーウィンドーには、甲斐の写真集、写真、ポスター、紙袋を飾ってくれていた。
甲斐の写真集の横には、エマニュエル・ギベールの画集「japonais」とその原画、フィリップ・アダムの小説「Canal Tamagawa/玉川上水」、ジャン・フィリップ・トゥーサンの甲斐へのメッセージなども飾ってあった。

店内には、甲斐の写真集コーナーが作ってあった。
下の平積みをよく見ると、北野武、カルティエ・ブレッソンの本も置いてあり、「タケシやブレッソンよりも上にある!」と大喜びする。

店長のジャン・バチストさんに、猫と子どものポスターを10部ずつと、ブックフェアに置いてもらう写真集も渡す。

本屋を出ると、オープニング・パーティーの時にきてくれた、中国人留学生の呉昊さんに教えてもらった、パリで一番安いフィルムの店に行く。本屋から近い場所だったので、そのまま歩いて行くことにする。
"Sels d'argent"という店。
ここではKodakのTriX(36枚撮り)が10本で32ユーロ(1ユーロ112円くらい)。確かに安い。先日、矢野さんからフィルム100本もらったばかりで甲斐のパリ滞在も残りわずかなのだが、安いので20本購入する。
他の、印画紙などの値段も聞いてみると安かった。
これならパリで暗室を作っても良さそう、と言い合う。

フィルムを買った後、バスティーユの古着屋・クリストフの店"Brutal's"に行って、20日の一日イベントの打ち合わせに行く。
写真集と写真を置いて、即売会をする。どこでききつけたのか知らないが、日本人歌手のkumi-soloという女の子が、その日、歌を歌いたいといってきているらしい。
クリストフは、写真、写真集、ポスター、ポストカードが売れたお金は全部甲斐にそのまま渡す、と言う。でもその代わり、甲斐の写真を一点欲しいという条件を出してきた。
彼は数年前、ほんやら洞にきて、甲斐のバライタの写真を買いたいと言っていた。今回のパリ展のオープニング・パーティーにもやってきて、バライタの写真はあるか、ときいてきた。だから写真を買ってくれるつもりなのかな、と思っていたのだが、いつの間にか、彼の店でイベントをやるという話になり、今は、その代わり、写真をくれと言っている。
私は、クリストフが言っていることをそのまま甲斐に伝えると、甲斐は何も考えず、OK!と言ったので、「本当にいいの?だって、この写真、ギャラリーでは1500ユーロもするのに、せめて何ユーロ以上売れたら、というようにした方がいいんじゃないの?これでは向こうの条件が良すぎるんじゃない?」と言うが、甲斐は面倒くさがって、それでOKだと返事をする。
何だかイヤな思いが残ったが、クリストフに礼を言って店を出る。

そこでグザヴィエとは別れ、ギャラリーへ行く。
昨日アングレムから帰ってきて、明日日本に帰るというジェロームがギャラリーに見に来てくれた。彼は、甲斐の写真(写真集「路地裏の京都」の表紙に使った写真)に文章(オマージュ)を書いてくれている。
夜は、友人のベトナム系フランス人のユムさんとベトナム料理を食べに行くけど、よかったら一緒にどう?と誘ってくれたので、一緒に行くことにする。

メトロの駅まで歩くというので、ジェロームについて歩いて行くと、チュイルリー公園の中を通って随分歩かされる。どこまで行くのかと思っていると、途中でジェロームは「ごめんなさい。遠回りしてしまいました」といって謝る。
甲斐は重い荷物を背負っていたので、辛そう。
いつもなら「約何kgの荷物を背負って何km歩いた」とか言って自慢するのだが、今日は珍しく弱音をはいていた。
結局、待ち合わせ時間には30分ほど遅れるが、ユムさんは他の店で時間をつぶして待ってくれていた。

Place d'Italie(プラス・ディタリー)のチャイナタウンにあるベトナム料理店へ4人で行く。
何人かの人から、プラス・ディタリーに美味しいフォーの店があるときいていたので、同じ店かもしれないと期待していたが、記憶している場所とは違った。

フォーを食べてみて、やっと、ベルヴィルの店のフォーはやっぱり美味しいのだということに気づく。肉の火の通し加減や、麺が、微妙に違う。この店のフォーも不味くはないが、ベルヴィルのフォーは飽きない味なのだ。
甲斐は、ジェローム曰く「ベトナム人しか飲まない」という、ココナッツミルクに小豆がたっぷり入ったドリンクを注文していた。

2010年6月13日日曜日

フィリップ・アダム「玉川上水」公演

ダブリンから帰ってきた途端、フランスの携帯(プリペイド)が使えなくなったので、午前中、ヴェロニクさんの家の近くのTABACでMobicarte25ユーロ分を購入する。プリペイドの補充の方法は、無料の番号に電話をかけてアナウンスが流れたら、レシートに書いてある番号を打ち込む仕組みになっているのだが、その番号にかけても何もアナウンスが流れない。
何度やっても同じなので、家に戻ってヴェロニクさんにも試してもらうが、分からない。
午後はグザヴィエと約束があるので、後でグザヴィエにも見てもらうことにする。

12時、Belleville(ベルヴィル)で甲斐と待ち合わせ。
他の店を知らないので、結局、昨日と同じベトナム料理店へお昼を食べに行く。


13時にメトロLa Chapelle(ラ・シャペル)駅でグザヴィエと待ち合わせ。
北駅の北側にある古い劇場"Les Bouffes du Nord(ブッフェ・デュ・ノール)"で、Philippe Adam(フィリップ・アダム)の小説「Canal Tamagawa/玉川上水」の公演があるので見に行く。

フィリップは劇場の中を案内してくれて、リハーサルから見せてくれる。
劇場の舞台裏、楽屋裏も見せてくれる。

ここは古いイタリア式の劇場で、昔一度、火災にあったことがあるらしい。
中は真っ黒だが装飾は立派なもの。オペラ・ガルニエのような華麗さはないが、趣きのある劇場。

リハーサル中に、各階の客席に登って舞台を見下ろしてみる。
リハーサル風景。真ん中は歌手のJean Guidoni(ジャン・ギドニ)。
今日は、フィリップ・アダムの小説「玉川上水」を、ジャン・ギドニが朗読するというものらしい。
ジャン・ギドニという歌手は、誰が教えてくれたのか忘れたが、「フランスの美輪明宏のような存在」なのだそうだ。


リハーサル風景。真ん中はPhilippe Adam(フィリップ・アダム)。ピアノはFabrice Ravel-Chapuis(ファブリス・ラヴェル=シャピュイ)。フィリップ自身も後半は朗読をするようだ。
2人とも、元ヴィラ九条山のレジデント(2004年)で、フィリップはよく八文字屋にきていた。ほんやら洞でも一度、自作の小説の朗読をしたことがある。

リハーサルの途中で、グザヴィエは仕事があるので帰るというので、彼が帰る前に、動かなくなった携帯を見てもらう。
一度電源を切って、入れ直すとあっけなく直った。プリペイドカードの残高切れのことばかりに気を取られていたので、こんな初歩的なことに気がつかなかった。
グザヴィエに感謝。

3時から本番公演が始まる。
私たちは2階席の正面から舞台を見ることにし、ナディアも後からきて少し離れた席に座った。
いつの間にか1階席は人が一杯になっている。

Jean Guidoni(ジャン・ギドニ)

Fabrice Ravel-Chapuis(ファブリス・ラヴェル=シャピュイ)



公演は大きな拍手でしめくくられた。
詳しい内容は分からなかったが、音楽や場の雰囲気がとてもよく、最後まで楽しむことができた。

公演後、劇場の隣のカフェでジャン・ギドニ、彼のマネージャー夫婦、彼の古くからの友だちのアロマ・テラピスト、ピアノを弾いたファブリス、ナディアも一緒にワインを飲む。フィリップはずっと外で他の友人たちと話していた。
私は旅の疲れが出たのか体調が悪かったので、トマトジュースを2杯飲んで先に帰る。

2010年6月12日土曜日

Dublin3日目

朝食時、またマイケルと一緒になる。
彼の動作がどうしても目につくので少し観察しているとこんな一場面があった。
朝食に降りてきた若い女性が彼とすれ違い様に何かを落とした。マイケルがそれをサッと拾っい、トントン、と彼女の肩を叩いて「Excuse me」と声をかけた。彼女は怪訝そうに振り返って、マイケルを見てぎょっとしたような顔をしていたが、マイケルはニコやかに無言で彼女が落としたカードを差し出した。彼女は戸惑った顔でそれを受けとると、マイケルは大げさに踵を返し、スタスタとその場を立ち去った。彼女が落としたのはクレジットカードで、彼女は一瞬、それをマイケルがどうして持っているのか分からないという表情だった。マイケルはそんな彼女の表情には気づいていない様子で、始終マイケルのように振る舞っているのがおかしかった。

10:00にB&Bをチェック・アウト。3時までフロントで荷物を預かってもらう。

まずは帰りのバス停の場所を確認する。

甲斐が、コノリー駅を見たいというので、すぐ近くのコノリー駅まで歩く。


お昼は、テンプルバーにある、いかにも観光向けのパブという感じの店(The Oliver StJohn Gogarty BAR)に入ってランチにビーフシチューを食べる。



食後はSt.Patrick's Cathedral(聖パトリック大聖堂)まで散歩。



カテドラルはそれなりにキレイだったけど、甲斐の好みではなさそう。
出発時間も近づいてきているので、B&Bに荷物をとりに戻りながら歩いていると、ダブリンの下町のような通りに出た。
店先には日用品、野菜、果物などが安い値段で売られている。
ダブリンにきて初めて、そこの市民の暮らしをのぞいたような気がする。もっとはやく知っていたらよかった。

暑い日だったので、その通りにある靴屋で売っていた安いサンダルを一足買い、スニーカーを脱いで履き替える。
サンダルに替えた途端、私の歩調が遅くなったと言われる。
帰りの道のりは思った以上に遠かった。

だいたい時間通りにB&Bに着き、荷物をひきあげて空港行きのリムジンバスに乗る。

空港の中の変な日本語


Aer Lingusでパリへ帰る。


パリ北駅に着いたのは午後9時頃。
夕食がまだだったので、先日行ったのに閉まっていた齋藤さんお勧めのベルヴィルのベトナム料理店へ行き、フォーを食べる。閉店時間ギリギリだったが、お客さんがいっぱいだった。
たしかに美味しい。

2010年6月11日金曜日

Dublin2日目

B&Bの朝食(ビュッフェ式)中、正面奥の席で、サングラスに帽子、シルクの黒いYシャツ&黒い革ズボンの黒人宿泊客が朝食をとっていた。動作や仕草が、どうもマイケル・ジャクソンを意識しているような感じで、ついつい目がいってしまった。

陽子さんは子守りのため、やはり出られないという電話があったので、甲斐と二人でTemple Bar(テンプル・バー)にある写真ギャラリーに行くことにする。

テンプル・バーにはレストランやパブが多く、観光客も多い。
通りではギターや楽器でパフォーマンスをする人たちが目立った。
その内の一人、ちょっと変わった楽器を弾いている男性がいたのでカメラを向ける。「タケボーみたいやなァ」と甲斐と話す。

ひたすらシャボン玉を作っているだけの地味なパフォーマンスをしている人もいた。


甲斐が陽子さんからきいたギャラリーの名前は「Photography Gallery」だという。正確な住所をきかず、ただ「テンプル・バーにある」という情報しかなかったので、ビラ配りの女の子にきいたり、別のギャラリーに入って展示をしている人に尋ねたりしながら探しまわるが、なかなか見つからない。
あきらめようとしてたまたま入った横道の奥に、周りを建物に囲まれた中庭風の広場があり、その脇にあった少し大きめの建物をよくみると、"Gallery of Photography(ギャラリー・オブ・フォトグラフィー)"と書いてあった。


中に入り、甲斐がスタッフに「ターニャさんという人に会いたい」ことを告げると、「彼女は今外出中で、4時半頃戻る予定ですが、会えるかどうか分かりませんよ」と言われる。パリ展のポスターやDMを見せ、「4時半すぎにもう一度来る」と言い、一旦出る。
ここでの会話は英語なので、私は全く役に立たず、後ろで見守るのみ。

時間を潰すため、陽子さんが作品を扱ってもらっているという、"Graphic Studio Gallery(グラフィック・スタジオ・ギャラリー)"に行ってみることにする。
そこは、ギャラリー・オブ・フォトグラフィーを出る時スタッフに尋ねてみると知っていたので、もっていた地図に印をつけてもらう。
細い路地の奥の分かりにくい場所だったが、地図上に印をつけてもらったおかげで、迷わず見つけることができた。

下の写真で陽子さんの作品は、右から二番目の青いやつ。
和の要素を織り込んであるが、アンリ・マティスの"ダンス"を思い起こさせるような絵。
色がとてもきれいで、繊細な線が美しい作品。

ギャラリーの若い女性スタッフに話しかけると、彼女はフランス人で、ギャラリーの研修中だというので、パリ展の宣伝をして、エマニュエルとの展覧会のカタログの中の、私が編集した甲斐インタビュー(フランス語訳)を見せたり、ほんやら洞の名刺を渡したりして、何かあったらよろしく、と言う。

ギャラリーを出て、まだ時間があったので、近くにあるDublin Castle(ダブリン城)まで行ってみるが、本日の入場は終わったところで中には入れず。



"Gallery of Photography(ギャラリー・オブ・フォトグラフィー)"に戻ると、ターニャさんが帰ってきており、会ってもらえることになる。
ターニャさんは、40代くらいの"できる女"風の、とてもきれいな女性だった。
彼女はとても忙しそうで、「少ししか時間がないけどどうぞ」と地下のオフィスに通される。「私と直接話ができるなんて、あなたはとてもラッキーな人ね!」とターニャさんは前置きしてから、甲斐の写真集をパラパラとめくる。
とてもいい写真だ、興味深い、と褒めてくれるが、大きな出版社--例えばロンドンの出版社や、Phaidonのような大手出版社--から出ているものはないのですか、と言われる。
やはり、誰でも知っているような出版社からの出版物があるか、かなり知名度がないと、ここでは難しそう。
年間数百人もの人から、このギャラリーでやらせてほしいというオファーがあるのだそうだ。

帰りに、上の階でやっている展示を見て行く。
何か違和感があるな、と思ったら、作品の説明を読むと、やはりデジタルの合成写真だった。


オコネル・ストリートを通って、7時頃B&Bに帰る。
帰る途中に通りがかったB&B近くの銀行のような建物の中に、朝の「マイケル」の姿が一瞬見える。

メールのチェックをすると、青草書房の民輪さんからメールがあり、お願いしていた本を10部、EMSでパリに送ってくれたという。
エマニュエルからも、甲斐のインタビューの文章を読んでとても感動した、というメールが入っていた。

少し休憩してから、またパブにでも行ってみようか、と言っていたのに、甲斐は疲れていたようですぐに眠ってしまい、そのまま朝まで起きて来ず。

2010年6月10日木曜日

ダブリンの旅 Dublin


朝8時、Gare du Nord(北駅)にグザヴィエと待ち合わせ、クザヴィエが一緒に空港(CDG)まで行ってくれる。
航空券は数日前、ネットで購入した。格安航空券を探したらEasy Jetの方が少しだけ安かったが、出発時間や荷物の料金などのことを考慮すると、AER LINGUSの方が良さそうなので、2人で379.88ユーロ(約44,500円)のチケットを買った。
10:25発の便だったが、到着便が遅れていたようで、出発はしばらく待たされ、11:00過ぎになる。
Dublin(ダブリン)到着は現地時間の11:30頃。フランスとの時差は1時間なので、約1時間半のフライト。

今回、なぜダブリンへ行くことになったのかというと、以前から、甲斐とは家族ぐるみで親交がある日本画家・秋野不矩さんの孫の陽子さんが、結婚してダブリンに住んでいて「いつでも遊びに来て!」と言っていたので、今回、フランスに来たついでに行ってみることにしたのだった。
彼女のその言葉をたよりに、彼女にダブリンを案内してもらったり、ギャラリーを紹介してもらったりするつもりで連絡をとってみたところ、すでに北アイルランドに引っ越したという。それでも陽子さんはダブリンまで甲斐に会いに行くと言うので、甲斐も、ダブリンで展覧会ができるようなギャラリーを探す為にも、一度行ってみる価値はあるといい、アイルランドへ行くことになったのだった。

空港でダブリン市内の地図を手に入れ、シャトルバスに乗り中心街へ行く。
バスの往復切符は1人10ユーロ。
陽子さんが教えてくれたバス停(O'Connell St.)で降り、予約してもらった宿(B&B "The Townhouse")を探す。
はじめは方角がわからず、とりあえず川に沿って歩いて通りの名前を地図で確認するが、分からない。近くにいた人にたずねてようやく方角がわかる。反対方向に歩いていた。

教えられた方へ歩いていくと、高く尖った塔が通りの真ん中に立っているのが見えた。地図を確認すると、それがO'Connell Street(オコネル・ストリート)のダブリン尖塔だということが分かる。
ここまでくれば、B&Bまでの道はすぐに分かった。


ダブリン尖塔の右側、Earl Street Northを入ってすぐのところにあるジェームズ・ジョイス像。店やレストランなどが多く並び、賑やかな場所。


途中、通りかかった鞄屋の前に置いてあった、大人でも入れそうな巨大なスーツケース。


陽子さんが予約してくれた宿は"TOWNHOUSE(タウンハウス)"というB&B。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)ゆかりの場所だった。
小泉八雲というと、小さい頃、"ハーンさん"の「怪談」をTV番組で見た記憶が甦る。シリーズでやっていたのか何だったのかは定かでないが、何度か見たような覚えがあり、いつも途中で怖くなって最後まで見ることができなかった。
甲斐は、英語を勉強するなら、ラフカディオ・ハーンの怪談を原文で読んだらいい、というが、幼い頃のトラウマがあるので、私にはその勉強法は合わないだろう。
B&Bのフロントには、この宿の看板を写真で撮ったポストカードが置いてあり、宛名面には「小泉八雲」と書かれていた。
スタッフの感じもよく、中心街にも近くてなかなか良いところ。


荷物を置いて少し休んでから、甲斐は、陽子さんに到着したことを電話する。
彼女は今回どうしても手が離せないので、残念だけど会えないということだった。
代わりに、ダブリンで有名な写真ギャラリーの場所と名前を教えてくれ、そこのターニャさんという人に会って話をするようにアドバイスしてくれる。ついでに、もし時間があれば、陽子さんの作品を扱っているギャラリーも覗いてくれたら嬉しいと言い「路地の奥でわかりにくい場所だけど…」と、ギャラリーの名前と場所を教えてくれる。

着いたばかりなので、今日は街を探索してみることにする。
私はダブリンについては全く無知なので、甲斐にまかせることにする。
甲斐は「ダブリンといえば、ジョイスでしょ。『ダブリン市民』『ユリシーズ』!」というので、空港で買ったガイドブックで調べ、ジョイス・センターがそう遠くないことを地図で確認して、歩いて行くことにする。

James Joyce Centre(ジェイムズ・ジョイス・センター)


ジョイスの部屋を再現したスペース。
「こんな大文豪でも、こんな小さな部屋で書いていたんやなあ。。。」と、感慨深げに甲斐はつぶやく。

地下に行くと、中庭のようなスペースがあり、壁面に絵や文章が書かれていた。


ジェイムズ・ジョイス・センターを出て、さらに街を散策。
Writers Museumも近いので行ってみたが、もう閉まっていた。

歩いている途中、目についたもの。
アパートの扉がいろんな色にペイントされていて、かわいい。
偶然だと思うが、前に停まっている車が扉と同じ色なのがおもしろい。


Writers Museumの隣にDublin City Gallery(ダブリン・シティ・ギャラリー)というのがあったので、ざっと見る。
シティ・ギャラリー前の広場脇にあった、歩く人の電光掲示板。
横向きの女の人が延々とウォーキングしているだけなんだけど、どういう意図があるのだろう? 前の道にはバスや乗用車がずらっと駐車してあるだけ。


オコネル・ストリートのParnell Statue(パーネル記念碑)


オコネル・ストリートを戻って、橋を渡り、対岸のレストランやパブが建ち並ぶTemple Bar(テンプル・バー)の方へ行ってみる。
陽子さんの夫マルコムさんが、"GROGANS PUB(グロガンズ・パブ)"に行ってみるといいよ、というアドバイスをくれたので、そのパブを探してSouth William Street(サウス・ウィリアム・ストリート)へ。


中に入ると甲斐はカウンターでギネスを注文し、店の一番奥のテーブル席についた。その席なら、店内が全て見渡せて、写真が撮りやすいからだ。
私はビールを飲まないので他のアルコールは何があるかと聞くと、店員は、英語ができなさそうな私をみて、口で言うより見せた方がはやいと思ったのだろう、カウンターの中に入って来い、と手招きした。少し戸惑ったが好奇心もあり、カウンターの中に入ってついていくと、冷蔵庫をガバッと開けて見せられ「どれがいい?」ときかれたが、お酒のことはよくわからないので、適当に無難そうな瓶を指さした。
甲斐が座っているテーブルに持って行くと、「あ、スミノフ(ウォッカ)にしたの? 昔はよく飲んだなァ」と言う。ギネスは味が薄くて期待通りではなかった様子。

隣に座ってガイドブックを広げていたアメリカ人(?)のおじさんが、私たちに向かって、壁にかかった絵を指さして「これ、300ユーロだって!」とおどけて言った。それは、新聞紙にクレパスかマジックで、どうみてもグチャグチャにしか見えない線で描かれたものだった。
店内を見回すと、他にも色んな素人風の絵が飾ってあり、値段がつけられている。
フロアの真ん中の柱に貼ってある貼り紙をみた甲斐がいうには、この店は、アーティストを支援するための運動をしているらしい。

地図上には、このパブの近くに「凱旋門」と記してあるので、見に行くことにする。
行ってみると、公園の入口になっているらしい、こぢんまりした凱旋門が建っていた。

セント・ステファンズ・グリーン入口の凱旋門


賑やかなGrafton st.(グラフトン・ストリート)


通りかかったパブの前に、ものすごい人だかりができていた。有名なところなのだろうか。

Trinity Collegeの前を通り、途中の店で夜食用にパスタと、さっき飲んだスミノフと青いアルコールの瓶の二本を買い、B&Bに戻る。