2010年6月19日土曜日

展覧会最終日/エマニュエルと秘密の場所

昼、ベルヴィルの"Bar aux Folies"でコーヒーを一杯。以前、フィリップ・アダムにこの辺りを案内してもらったとき通ったところで、派手なネオンと乱雑な店内と人の多さで気になっていた店。いつか、夜に行きたいと思っていたが、今回は日程的にそのチャンスはなさそうなので、とりあえず入ってみた。
店の隅に置いてあるテレビでは、ちょうどサッカーのワールドカップ、日本vsカメルーン(だったかな?)の試合をやっていた。店員のおっちゃんが、私たちに向って「日本、がんばれ!」とエールを送ってくれた。

午後、展覧会最終日。ギャラリーへ行く。
5時頃、エマニュエル・ギベールが来て、甲斐と私を彼の秘密の場所に案内してくれると言うので、一緒にタクシーに乗りこんだ。行き先はモンパルナス界隈。
有名なアーチスト達が使ったアトリエを教えてくれた後、彼の秘密の場所に行く。
そこは、ある路地の一角にあるアパートの一階の、グラフィック・デザイナーのオフィスだった。
紹介してもらったが、名前は忘れてしまった。フィリップだったか、パトリックだったか、友人に同じ名前が何人かあったな、という名前だった。
入ってすぐの部屋は、壁一面に棚が作り付けられ、びっしりとCDが並べられていた。床にはステレオやアンプ、ギターなどがおしゃれに配置してある。CD店と見紛うような空間。むき出しの数本の木の柱で区切られた隣の部屋は、彼の仕事場らしく、壁には面白いロゴデザインのポスターが貼ってあり、仕事用のパソコンが2台置いてあった。パソコンの前には彼の娘さんが描いた絵が貼ってある。
エマニュエルが甲斐にCDをくれた。そのCDジャケットのイラストはエマニュエルの絵で、ジャケットのデザインはその彼のものだった。甲斐はお礼に自分の写真集をプレゼントした。
CDジャケットとそのデザイナー(左)とエマニュエル(右)
彼の仕事場の窓は、表の路地に面していて、近くで遊んでいた子どもがボールを追いかけて窓の前までやってきた。甲斐がおもしろがって中から写真を撮っていると、シャッターの音に気づいた子どもがワアワア言いながらおもしろがって、向こうから窓の鉄格子越しに覗き込んできた。他の子どもも数人集まってきて、「何してるの?」と興味津々。甲斐が内側から格子越しにその子どもたちの写真を撮りまくっていると、子どもたちの親がやってきて、写真を撮っている甲斐をみてムッとした顔をして、すぐに子ども達を追いたてて帰ってしまった。

グラフィック・デザイナーのオフィスを出ると、エマニュエルはさらにその辺をもう少し案内してくれた。静かできれいな場所だった。ときどき袋小路になっている路地もあった。
車が通る、少し広い道に出ると、急に近代的なガラス張りの大きな建物が見えた。ポスターが貼ってあったので見ると、北野武の展覧会をやっている、カルティエ財団の現代美術館だった。
急に雨が降ってきて、エマニュエルが急ぎ足になった時、私の携帯が鳴ったので出ると、誰かよく分からないフランス人からだった。「エマニュエル・ギベールはいる?」と言うので、不思議に思いながら、エマニュエルに代わった。エマニュエルが話している最中に、ただ事ではないような大きな声で「えっっっ!?」と言うので、どうしたのかきくと、エマニュエルが先程タクシーから降りたとき、財布を落としたらしく、その財布を拾ってくれた人が、エマニュエルのメモに書いてあった電話番号に電話をしてくれた、ということらしかった。
雨が少し激しくなってきていたが、エマニュエルは歩道の脇にしゃがみこみ、メモするものを探して、急いで電話の主の住所を書き留めた。電話が終わると、「案内の途中で本当に申し訳ないが、すぐに財布を受け取りに行かなければならないので、今日はここで別れてもいいかな」と丁寧に謝ってから、挨拶をして急いでもと来た方向へ引き返していった。

エマニュエルについて行けばいいとばかり思っていたので、現在地を全く把握していなかった。
いつもパリの地図を持ち歩いていたので、それで位置を確認して、一番近くのメトロまで行き、まだ少し早かったが帰る事にした。

メトロの中には、よくいろんなパフォーマーが乗り込んでくる。
この日はバイオリンを弾く男性だった。珍しく上手かったので、チップをあげてもいいかも、という心境になったが、やめた。
そういえばメトロでは、ものすごく哀れそうに物乞いをしてまわる片足をひきずった男がよく乗り込んできていた。同じ路線でいつも同じ男。奥さんのような女性が横について彼の身体を支えながら、彼の哀れな状況を切々と訴えて車内の人にお金をせがむ。グザヴィエからきいた話では、外で彼を見た事があるが、彼は背筋を伸ばしてシャキシャキ普通に歩いていたし、高級な車に乗っているということだった。
メトロの車内というのは、芸を磨くのに最適の場所なのかもしれない。芸が上手ければお金がもらえる。芸とは音楽だけとは限らない。彼のような役者もいるのだ。